MEMEの日々のことども

日々の星屑を拾って書き残そう・・、そんな「85歳」。  HP「素材の小路」「MEMEのベランダ」(裸婦デッサン等)「MEMEの便箋」「ドレスの小路」「けいの部屋」など。

台風で思いだす事

昨夜から今朝にかけての台風には参った!参った!

時間的にギュッと凝縮した感じだっただけあって、その内容は凶暴そのもの。

横浜・東京・千葉・茨城・宮城・・・と、順番に傷跡をギギギと残して海上へと去った。

被害に遭われた方々の一日も早い復帰をお祈りしております。

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ところで、台風になると思いだす昔昔のあるシーン・・・。

58年前、新婚ほやほやの私達は、義父母・6人兄弟と同居しての生活を始めた。

お台所は別・・とはいえ、今から思うと凄い環境に飛び込んだ私だった。

 

東京は下町、金町で始めた同居生活は完璧主婦の義母に教えてもらうことが多かった。

 

そんなある日、大型台風の襲来の予報で一家の全員が早めに帰宅していた。

義父がテレビの前に集まって台風情報を見ている皆を見渡し、「1・2・3・4・・・」と全員の頭を指さしし始め、「9」(私)まで数えると、「よし、全員揃っているね!」とつぶやいた。

 

その時、あぁ、私はこの家の人になったのね・・という、何とも言えない気持ちが胸一杯に広がったのを思いだす。

「1・2・3・・・」は、普段は物静かな義父の「家長」としての責任感から自然と出てきた行為だったと思う。

もしかして、家人たちが子供の頃からいつもやっていたことかもしれない。

 

男兄弟5人と妹・・・、成人したり中学生になった6人の子供達を、懐に温める親鳥のように「1・2・3・・・」と確認する義父の仕草が本当に温かかった。

 

いつもは、義母に「敷かれた」感アリの静かな義父の「家長としての行為」が、今も懐かしく思いだされる。

と同時に、「あぁ、私もこの家の一員なんだ」という何とも言えない感概が胸を浸した出来事だった。

 

今も、台風が来ると思いだす「1・2・3・・」。

 

そんな初々しい「嫁」も、こんなに古びてしまいましたよ、今は亡きお義父さん。

ごめんなさい。