昔の話の纏めから
★ (むくどり) いのち1 ★
窓の外は、鳥たちの声がかしましい。
雛の巣立ちが近い証拠。
「ちっちっ!」「ぎゃ〜ぎゃ〜」
むくどりの「警戒音」のなんとけたたましいことよ!
今の家に越して来る前の家の戸袋を、毎年占有する「むくじろう」くん(何故か、我が家で巣を作る子には代代この名前がつくことになっている・・・)たちには、いつもこの「声」で悩まされていたものだ。
窓から顔を出して「し〜っし〜っ」などと人差し指を口にあてて合図を送ってみても、むくじろうくんは隣りのミー子をターゲットに「ギャ〜ぎゃ〜」「ちっちっちっ」と姦しいこと!姦しいこと!
また憎らしいことに、わざとミー子も欠伸などを装いながら、車庫の屋根で寝そべって焦らしている。
お隣りの神経質な奥さんに、毎年平謝りしてクッキーなどを手土産にご挨拶(むくじろうに成り代わって・・)には伺っているのだが、毎度の大騒ぎに、そうはいい顔もして貰えない・・・。
戸袋の中でのドラマは、いつかちゃんとした形で書きとめておきたいものだが、毎年巣立ちの瞬間に立ち会うことが、私の最大のイベント。
昨今、むくどりの鳥害が取り上げられることが多くなり、私もとっても書き難いのだけれど、「小さな命の巣立ち」への感動は抑えられない。
初めての巣立ちを見た時の感動は、その一日だけでも物語が出来そう・・・。
昨夜来の濡れた新緑が、朝日にきらきら輝いているある朝。
そろそろかな・・?の期待が当って、朝から妙に親と子が興奮している様子。
出勤する主人を送り出してからの私は「お産婆さん」状態。
窓に張り付いてじっと彼らの観察を開始!
10時・・・、いよいよ雛の巣立ちの時間だ!
(晴れた日の10時前後に巣立ちが始まる習性)
と! 朝から狭い戸袋の中で羽ばたきの練習やらで興奮状態の子供達の内の一羽が、戸袋の引手用の刳り抜き窓の上にピョン!と飛び上がってきた!
「うっ・・!」
ガラス越しに、10cmの距離で見る成長した彼!
毎日何回も直接戸袋を覗いて、「うんうん良い子良い子」などと話をしているので、見慣れた私の顔には怯えない。
それにしても、戸袋の狭い空間でわさわさしている彼と違って、こうしてみると随分大きく見える!
産まれてからずっと暗い中で過ごしてきた彼にとって、取ッ手に飛び上がった瞬間に広がる「光の煌き」に、目が点!
大きく見開かれた真っ黒い目にキラキラ光が反射して・・・。
息を呑む私にも気付かぬまま、思い切って飛び立つ!
その間10秒くらいだっただろうか・・・。
ふいを衝かれた瞬間に怯んだ私の目から何時の間にか涙が・・。
親の餌運びと、競って口を開けるチビ達の様子を見続けて28日間。
そのドラマがここに結集したことになる。
一羽が飛び立つと、次々に興奮した子達が巣立って行く・・・。
一羽一羽を見送ったあと、虚脱状態で座り込んだ私。
と、あれ? ・・・ん?・・・戸袋の暗闇で小さな音がことこと・・。
戸袋を覗いて見ると、さっきは空っぽだと思っていたのに、こそこそと奥に逃げて行く子が見えた!
時間を見る・・。もう2時・・。
10時頃巣だって、その日にいろいろな事に慣れて夜を迎えるという自然の習慣を知っている私には、巣立ちが午後にずれ込むことの意味が恐ろしい。
親が時々覗きに来るが、餌は持ってこない。
その日は朝からぴたりと餌を与えないで、巣立ちを促している。
飛び立った兄弟達も、一人前にはしゃぎながら覗きにくるが、最後のびびりっ子は戸袋の中でうろうろするだけ・・・。
巣立ちに必要な切羽詰まった時間の焦りから「鳥の博物館」へ問い合わせの電話を。
丁寧に相談にのって下さった学芸員の方の「野鳥は、弱い子供を親が見離すことがあります」の回答に、その場にペタリと座り込む・・・。
さぁ!こうしてはおれない!
隙間からハムを上げたりしても見向きもしない子・・。
こうなったら戸袋を外してこの子を何とか出さなくちゃ!
(言い忘れたが、戸袋に戸が二枚入った状態の隙間に巣が有る)
意を決して、そろりそろりと戸を引き出そうとした・・・。
と! その時!
最後の子が隙間から飛び立った!!!
うっ!
よろり空でよろける・・・。思わず胸に手が・・。
その時! 一羽の親が目に止まらぬ速さでびゅ〜んと飛んできて、姿勢を持ち直した雛と並んで視界から消えた。
その瞬間!もう一羽の他の兄弟チビの姿が後を追って・・・。
・・・・・ちゃんと様子を見ていたのだ・・・。
でも、三羽は「空」に向かっては飛んで行かなかった・・。
低空飛行で、下方に向いて飛んだように見えたけど、無事にみんなのところに行けただろうか・・・。
我に返って時計を見ると 4時。
へなへなへな・・・とまたまた座り込んだ私。
夕焼けの空をずっと眺めてあの子達を探し、近くの路地を彷徨いながら涙を流して一日のドラマは終わったのだった!
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