あの、我慢強くも忍耐強かった母「けい」・・・。
その人生の終わりを迎える頃、何故か、私達が知らないような「自我」らしき態度を垣間見せる瞬間が時折あり、姉妹同志で「どうしたのかしら・・・?」という表情で目を見合わせたことを思いだします。
とはいっても、私達が母に接するのは、一年に数回あるかなしか・・という頻度しかなく、同居をして毎日御世話をして下さっていた兄嫁はその変化をしっかりと受け止めていたと思います。
でも、一度もそのようなお話は聞いていなかったのでした。
この句を目にした時、「あぁ・・、自分でも自覚していたのだわ」と、あの変化への戸惑いを納得する思いでした。
「自愛の心 古りて勝り来」
そうね・・・、30歳台半ばからの苦難の道を、けなげに黙々と生きて来たのですもの、最後はちょっぴり「自分へのいたわり」を前面に出してくれたと思うと、子供としてはホッとする気もします。
私が3歳の時、臨月(妹)を控えて平和な我が家だったある日、突然父が倒れて右半身不随に・・・。
その日からの母の人生は、想像も出来ないものだったでしょう。
間もなく産まれた妹を抱えて、全てに手を掛けなければいけない状態の夫。
でも、そんな修羅場を乗り切った父母の凄さを、本当に我が身として振り返ってみたのは、自分が結婚してからのことでした。
修羅場の悲惨さを柔らかくいなして乗り切り、健気にも7人の子供達を育て上げ、二人で理想の老後を迎えた時に迎えた夫との永遠の別れ・・・。
父・77歳 母・70歳・・・。
そんな母を、同居している兄嫁さんが優しくそっと寄り添って下さったのです。
母の老後は、「けいの部屋」にあるように、一気に「油絵」「短歌・俳句」と花開いた
のですが、全部「独学」での楽しみでした。
そんな母の晩年の句 「自愛の心 古りて勝り来」・・・。
「自愛の心 古りて勝り来」
家族に囲まれて好き放題で暮らしてきた私には、まぶしくも感じられる「自愛の心」の開花ともいえる晩年の母の心境。
私を取り巻く運命の人々の、全てに感謝しかない。
ありがとう! みんな!