MEMEの日々のことども

日々の星屑を拾って書き残そう・・、そんな「85歳」。  HP「素材の小路」「MEMEのベランダ」(裸婦デッサン等)「MEMEの便箋」「ドレスの小路」「けいの部屋」など。

「広島・原爆被爆の日」  ・  そして、甲子園の記録

あれから63年・・・。
蝉が鳴く、忘れられない「その日」が又やってきた。
何年経っても、その日・その時刻、原爆が落ちた瞬間の時刻の黙祷は胸が詰まる思いがする。
歴史始まって以来の人間の最悪の行い!

  • 思えば、小学2年だった私が住んでいた「新潟市」も原爆投下の候補地で、天候の都合で「広島」「長崎」に実際に投下されたと聞く。
  • 丁度その頃、新潟市に「全員避難命令」があったとかで、疎開していた私達の元に、家に残っていた父と姉達が突然引き上げてきたのを覚えている。

その時の新潟の街は誰一人通る人も無く、シーンとした路を猫が横切っていくのが二次元の世界のようだった・・と姉が言っていたのも・・・。
疎開先に急に現れた父達にみんな驚き、何事があったのか・・・と身構えた記憶がある。
今から思うと、「その頃」の日にちと合致する。
何処から察知しての命令だったのか、兎に角「新潟市」がカラになった事実はあった。 
それから間もなく、日本の敗戦を伝える「玉音放送」があった。
疎開先の母の実家の全員が広間に集まり、正座をしてその時を待ったどきどき感。
使用人や病院関係の方々も集ったのだろうか、兎に角、座敷が一杯で、私達子供は廊下に座らされたのも記憶にある。
抑揚のあるくぐもった声がラジオから聞こえはじめ、何を言っているのか聞き取れないまま、大人たちの「推量」のささやきが広がった・・・。
そして、「終戦」を告げているのだろう・・という結論に・・・。
「女子供は髪を切って隠れて暮らすのか・・・?」とか、「アメリカに占領されると、これからの暮らしはどうなるのだろうか・・?」とか、さざなみのように聞こえてくる大人たちの悲壮な会話を、廊下の柱の下で聞いていた私。
暑さと共に忘れられない場面。

  • その日その場にいた全員が、日本の今を想像も出来なかったと思う。


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さて、先に「原爆」の記事を書いたので落ち込んだが、ちょっと気分転換・・・。

  • 昨日の帰途、新大阪から東京への新幹線が岐阜近辺を通過した際、外の雨足と稲妻が凄かった。

東京でもマンホールの急な水量増加で不幸な出来事が起きていたとか。
最近のの気候の異常は実に不気味だ。
知らず知らず人口的に「自然」を破壊している私達の行為が大きく起因しているだろう事は想像できるけれど、先を思うと恐ろしい。







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  • かって息子が目指し、今、孫が目指している「甲子園球場」。

その場を是非見ておきたかった私。
やっと実現した!
アルプススタンドの臨場感をしっかりと実感した一日だった。
そして・・・、勝った!  (^o^)丿
応援する者全員が歌う校歌とともに校旗がするすると上がっていくのを見ていたら、胸が一杯になった・・・。

  • 今から30年近く前の夏の日、地方大会(神奈川)で一回戦で敗れた息子達のチーム。

戦い・敗れた者達がグランドを後に出てきて、次のゲームの歓声が遠く耳に入る立ち木のある広場で、魂を何処かに忘れてきたような青ざめた表情で三々五々立ち尽くし、崩れ落ちていた選手達・・・あの日の情景が思い出される。
その、同じ高校の後輩として、孫達が勝ち取った46年ぶりの「夏の甲子園」!
年甲斐も無く興奮している私には、あの「木立の広場」の「青い空気」を払拭してくれた孫達の若く清々しい姿が眩しい。

三年間の、焼け付くような野球への思い・苦しさ・忍耐・情熱・・・・・が、全て終結する瞬間。
その、人生の一区切りの瞬間は、やり終えたという思いと共に、虚しく切ない開放感と敗北感で満たされるだろう。



・・・・・・・だから、【あの 涙!】・・・・・・・・・
「負けた悔しさ」の涙ではないのは、一緒に影で支えて戦った私にも良く判る。
だから尊い瞬間なのだ。



さて、来年は孫達が主力学年。
もしも「木立の広場」「青い空気」の結果が出たとしても、もうおばあちゃんは悲しまないよ。
「私を甲子園に連れてって・・・!」
歌ではないけれど、若さの弾けるこの「甲子園」で応援出来たことで、息子から孫へと続く熱い思いに身を任せられたのだから・・・。

  • 有難う、みんな!

そして、頑張ろうね!! みんな! 心ゆくまで。  (^o^)丿



出場校の旗が並んでいる。わくわく。
手甲脚半(長手袋)で武装して、いざ! 名物の蔦は修理中とかで、印刷されたものが貼ってあるのが笑えた・・・!  


試合開始! 相手は、名にしおう甲子園の常連「松商学園」!


湧き上がるアルプス席


そして・・・勝った!  老いも若きも胸を張って熱唱する「校歌」


するすると上がる「校旗」に胸が熱くなる思い。


叩かれてよれよれになったメガホンと、首に掛けたタオル

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ついでに・・・。

息子が用意してくれたランチは梅田駅前のビル内「菜箸」の上品な日本食。


そして、そして・・・、最後はお土産に「赤福」も忘れませんでした!

  • 今回はこんな失敗はしませんでしたぁ!!  ↓

http://d.hatena.ne.jp/retoto/20080206